本文へスキップ

TEL. 0846-24-6780

〒725-0024 広島県竹原市港町5−8−1

組織概要
liniru.gif

組織概要 メンバー構成 交通・アクセス

”我々が今,なすべきこと”

子供のころにはたくさんいた生物が最近,見られなくなったという経験をお持ちだと思います。昭和30年代では普通種であったメダカでさえ,今では絶滅危惧種になってしまいました。何故でしょう?
現在,地球上では人間活動の影響によって,かつて地球の歴史が経験したこともない劇的速度で生物が絶滅しています。1年間に約40,000種が地球上から姿を消しています。これは過去の絶滅速度の1,000倍に相当し,さらに加速しつうあると言われています。一度,生物が絶滅すると地球上に二度と復活することはありません。生物多様性の喪失を加速させている原因は人間による生息環境の破壊,外来種の導入,乱獲などです。
我々人類を含めて地球上の全ての生物は食物連鎖を介して直接,間接的に関連しあっている存在なのです。様々な生物の絶滅は何を意味するのでしょうか?自明のことです。魚の餌になっているような海の無脊椎動物(背骨のない動物)たちが絶滅すると人類も一瞬のうちに絶滅すると言われています。
海は地球の約7割の面積を占め,地球の環境を大きく左右し,人類の多くの恵みをもたらしてくれますが,危機的状況にあるのも事実です。海を正しく理解し,正しく利用することは我々の未来を大きく左右することなのです。(大塚攻教授)

沿革

CEO

水産実験所は本学の前身である広島青年師範学校水産科が福山市芦田川河口部の箕島に私有の建物を借用して開設した「広島大学水畜産学部水産実習施設」に始まる。その後の歴史については以下のような経過を辿って、現在に至っている。

初代カラヌス(左写真)


 昭和24年(1949)  「広島大学箕島水産実験所」として整備される。
 昭和26年(1951)  敷地、建物が買収される
 昭和30年(1955)  「箕島浅海干潟実験所」と改称される
 昭和36年(1961)  福山市熊野町に「熊野淡水生物実験所」が設置される
 昭和37年(1962)  学部が福山市津之下(旧深安郡大津野村)から福山市緑町に移転し、学部構内にあった水族培養、飼育施設の一部を箕島実験所に移設するとともに、研究室と宿舎が設置される。また、福山市鞆町仙酔島に福山市の寄贈により鞆臨海実験所が新設される。
 昭和44年(1969)  文部省令により、上記3施設は一括して「水畜産学部付属水産実験所」として管制化され、それぞれ「箕島、熊野、鞆水産実験所」と改称される
 昭和54年(1979)  水畜産学部から生物生産学部への改組にともない、「生物生産学部付属水産実験所」に改称される
 平成3年 (1991)  学部が福山市から東広島市へ移転して2年後の平成3年に、3つの水産実験所は竹原市の広島大学理論物理研究所跡地に統合移転が完了する。その規模は敷地面積4,122u、教育研究棟延面積1,121u、屋外飼育水槽180u、精密実験水槽64u、増殖実験水槽66u、ポンプ室他61uであり、その他に船艇「カラヌス(定員14名、2.8t)」、海面生簀を備える。
 平成10年度 (1998)  実験所を含む生物生産学部附属施設における一層の教育研究の向上を目指して附属施設検討委員会が発足される。
 平成15年度(2003)  広島大学の大学院大学への改組にともない、「瀬戸内圏フィールド科学教育研究センター 竹原ステーション(水産実験所)」に改称される。

組織構成図

当センターは,平成22年度から,組織的には陸域生物圏部門(西条ステーション,農場),海域生物圏部門(竹原ステーション,水産実験所),食資源機能開発部門(食品製造実験実習工場棟・工作機械実習棟)および動植物精密実験部門(家禽・家畜舎・家畜環境制御実験棟・圃場)の4部門体制とし,それぞれの部門で活発な教育・研究活動を推進しています.

CEO

組織運用図

CEO

バナースペース

竹原ステーション(水産実験所)

〒725-0024
広島県竹原市港町5−8−1

TEL 0846-24-6780
FAX 0846-23-0038